日立ハイテクノロジーズ 本永彩子
人をつなぐ商社ビジネスで
海外案件の新規立ち上げに
突き進む
「軟着陸」を図りながら最後の最後までやり切る
製品の仕様をメーカーに伝えて発注をかければ、後はでき上がるのを待つだけ――。本永が中国で取り組んだ案件は、こんなスムースな流れと正反対の経過を辿る。
原因をひと言で言うと、中国メーカーのクォリティに対する考え方の違いだ。現地ではこれで要求仕様をクリアできたと判断しても、日本側の基準には達していない。そうしたトラブルがあちこちで絶えず繰り返され、時間が浪費されていった。とりわけ本永の顧客は、極めて品質に厳しいことで知られる著名なトップメーカー。その要求する品質までレベルを上げていくため、毎月2週間ほど現地で対策を練る日々が続く。
だができ上がったサンプルを読み取り機にかざしてみても、通信できない。クォリティの問題はこうした製品の根幹にかかわるところから、あらゆる面に及んだ。透明な素材を指定しても透明度が足りない、指定した通りの色が出ない、ロゴをプリントする位置が不正確、接着部分がすぐはがれる――。「なぜなの」思い通りにいかない作業に落胆する本永。しかし気落ちしている暇はなかった。その1つひとつの問題について現地で対策にあたった。
やり取りする相手は現地メーカーの営業担当、そして技術陣。また2週間ほどの滞在を通じて顧客とともに現場でアイディアを出し合うこともあった。それが終わると、夜は慰労会を兼ねた食事。当初は上司も中国へ同行したが、やがて一連の交渉とセッティングは本永1人の肩に託された。
「このクォリティではクライアントに見せられません。私も立ち会いますから、夜通しかかってでも仕様を満たすサンプルを必ず完成させてください!」
現地メーカーの営業担当は現場近くのホテルに泊まり込み、本永の意図を汲んで奔走してくれた。だが現場にはなかなか思うように伝わらない。通訳を介して、現場と緊迫したやり取りを戦わせることが続いた。
もちろんフロントで切り回す本永のバックエンドには、上司をはじめ社内のサポート態勢がしかれていた。しかし打開策が見つからないまま、スケジュールが押し迫ってくる。その危機感に対する認識すら中国の現場では異なる。本永の視界にはプロジェクトの収拾という選択肢もちらついた。
「仮に期日内に要求仕様を満たせたとしても、これでは安定してクォリティを維持していく保証ができない」。本永は上司に自分の判断を報告し、事態の対処に向けて動き出す。もっとも逐一報告を受けていた上司は、現場で奮闘する本永よりさらに1歩先を展望していた。上層部も巻き込んだ収拾のためのセッティングに共同で取り組むいっぽうで、本永にこんな指示を与えた。
「プロジェクトを成就できなくなったとしても、うちの現場担当が途中でギブアップすることは許されない。本永は労力を惜しまずリソースを割いて、最後までできることをやり尽くせ!!」
絶望の暗闇の中で、本当にかすかな光を見つけた気持ちだった。
目標を達成できなかった案件を軟着陸させつつ、同時に最後までプロジェクトの結果を追求する。本永にとってそれまで以上に困難なプロセスだったが、得たものも大きかった。
「楽ではありませんでしたが、とにかく最後までやり切りました。上司がそう指示したのも、私に最後までやり尽くすという経験をさせる意図のほうが大きかったのかも知れません。結果的にこれがいま、自分を支える自信の1つになっています」
結果的に不本意な形で中国を去ることになった本永。だがその胸中はむしろ、この経験を糧に新たなチャレンジに向かう意欲に燃えていた。
⇒〈その6〉へ続く