日鉄物産 人事部・人材開発課
マティアス・パーガムズさん(1)
商社は学生のどこを見て、何を感じて内定を出すのか――。
その疑問に答えるべく、日本を代表する商社の人事部採用担当者にご登場いただき、最近の学生像や求める人材について語ってもらった。
将来を決定づけた日本語との出会い
アメリカ人である私が日本の商社に就職したことを、不思議に思う方もいらっしゃるかも知れません。しかし、私にとっては偶然と必然が上手く絡み合って、今の自分があると思っています。
日本、また東アジアは、私にとって早い時期から関心の対象でした。これは、7歳年上の兄の影響です。兄は私が物心ついた時から、マンガやアニメなど日本のオタク文化に興味を持っていましたので、私も自然と、早くから日本のマンガなどに親しむようになったわけです。
日本語の勉強を始めたのは、高校生の時。勉強してみると意外に面白く、大学に入ってからも日本語の学習を続けることになりました。きっかけは何気ないことでしたが、こうして日本語を学んできたことが、結果的に日本で就職する大きな要因の一つになっています。
初めて日本に行ったのも高校時代でした。高校の日本語の授業の一部としてエクスチェンジプログラム(交換留学制度)があり、そのプログラムの生徒として秋田県へ2週間留学しました。その時にはあまり日本語は話せませんでしたが、秋田の生徒やホストファミリーたちは本当に親切にしてくれたので、実に素晴らしい経験となりました。「これほど面白いところならまた日本へ行ってみたい」と思って、日本語を勉強したい意思がさらに強くなりました。
高校時代の私には日本語のほかにもう一つ、大きな関心ごとがありました。それは音楽です。
きっかけは、幼い頃に両親から何かクラシックの楽器を学ぶよう勧められたこと。ピアノやバイオリンがあまり好きになれなかった私は、クラシックのパーカッションを選びました。本格的な勉強を始めたのは、やはり高校に入ってからです。
当時は何となく、そのまま音楽の道へ進もうかと考えたこともありました。それで実際に高校卒業後の進路として音楽学校を受験し、一度は合格通知を手にしたこともあります。
しかし考えた末、入学は見送ることに決めました。音楽は好きでしたが、毎日ハードな練習を続けるほどには好きではなかった、ということに気づいたからです。また改めて現実的に考えてみた時、音楽の世界でプロになるという将来像が具体的に描けなかったことも、理由のひとつでした。
〝研究には向いていない〟ことに気づく
私は色々な大学に申し込みましたが、合格した大学もあればそうでないところもありました。しかし幸いなことに、合格できた大学の中にはハーバード大学があったので、ハーバードに入学することを決意しました。
ハーバード大学では入学時点でまだ専攻が決まっておらず、二年生になってから選ぶ仕組みです。私は、生物学を自分の専攻としました。実は父親が大学で生物学を教えていた関係でもともと関心があり、ほかの分野に比べると得意だったというのが理由です。私が専門としたのは生物学のなかでも、生物進化学という分野。3〜4年生の夏には日本のOIST=沖縄科学技術大学院大学でのインターンシップで、ゴキブリの遺伝子の進化についてを研究したこともあります。
ただ大学での勉強を通じて気づいたのは、自分はあまり研究には向いていないということ。人と接触することなく研究室にこもる生活を将来ずっと続けるのは、ちょっと考えられないなと思いました(笑)。またそんなこともあって、生物学で熱心に打ち込みたい分野、好奇心が持てるテーマというのも、見つけられなかった。このような状況で、〝就活〟の時期を迎えたわけです。
アメリカの新卒就職は、大学で学んだ学部に関係する就職先を選ぶのが普通です。ですが私の場合は、そうした決まり切ったコースよりも、少し違った角度から将来にアプローチしてみたいと思いました。そこから、自分が関心のある日本で就職してみてはどうだろうかと考えるようになったのです。
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